敷地周辺は大規模なショッピングセンターや高層のマンションが建設された開発が進んだ街区に隣接し、新旧の商店や住宅が混在した地域である。

建築主は若い夫婦二人の家族構成である。二人とも会社員であり、夫の趣味は車とマウンテンバイクといったアウトドア、妻の趣味は音楽で、この新しい住まいにはそれぞれの自身の趣向に合ったライフスタイルと豊かな空間性が求められた。

敷地は間口が狭く、奥行きの深い所謂「鰻の寝床」といわれる形状である。接道は車人共交通量が多く、騒音や通行人の視線もあるため、プライバシーを守りながら快適に暮らすことが前提であり、且つ空間性の豊かな住まいが望まれた。そのような状況を踏まえ、京町家のように豊かな空間を立体的に実現できないかと考えた。

1階は夫が車好きということもあってガレージを視覚的に取り込み、玄関、廊下と繋げて一体的なアプローチとした。廊下はガレージをL型に囲むようになっており、玄関にはステンドグラスが設けられ、外光の移り変わりによって空間を多彩に彩っている。奥には機能(洗面陶器や階段など)で立体的に空間を構成し、鍵型に折れた階段を2階に上がるとダイニングとキッチンがある。さらに進むと中庭とストリップ階段があり、全体を白でまとめたプレーンな背景にシックな飾棚と段板が浮かび、空間全体を現代彫刻のようにまとめている。

中庭はこの家全体の核として機能し、視覚、精神を開放する。ここを通過することによって心理的に変化が生まれ、町家のように一つの家でありながらそれぞれ異なる空間が連なるような面白さが生まれる。更にはストリップ階段と吹抜けによって各階が三次元的に繋がり、家全体の空間性を豊かなものとしている。

3階はプライベートなエリアとし、利便性を踏まえ水廻りを寝室に近い位置とした。脱衣室脇に物干場を設け、更には脱衣室自体が物干室となるよう設えている。

この作品を通して、町家の知恵は厳しい立地条件であっても、更には厳しい立地条件だからこそ生かせるものと確認できた。都市部の住環境は今後益々難しくなってくるものと予想されるが、その中でどの様にして豊かに暮らしてゆくか、古に学び探求してゆくことの大切さを感じた。

川口の家 設計ノート