敷地は高層ビルに囲まれた丘の上で、街路が入り組んで奥まっているので、都市の中心でありながら幹線道路の喧騒が届かない“市中の隠”といった趣があります。
建築主はご高齢のご夫婦で、洗練された意匠性、空間性、機能性全てにおいて充実した住まいを望まれました。村野藤吾が設計した志摩観光ホテルや伊豆長岡に建つ三養荘等々に度々宿泊される建築に大変造詣が深いご夫妻で、計画当初にはお手持ちの専門書籍を参考にご要望を頂きました。その中で最も強く拘られたのが矩計(※断面詳細)でした。矩計は設計上最も重要な図面され、建物の空間性、美しさを決定付けるものです。お二人だけの住まいということもあり、今までの生活にないダイナミックな空間を望まれると共に、落着きや静けさが感じられる“和”の佇まいを好まれました。
密集市街地ということがあり、開放できる範囲は限られています。また、近隣の大規模再開発の話も進んでいるため、外的諸条件からの影響を極力受けないための配慮が必要でした。そこで、嘗て堺で育まれた茶室の思想、市中の喧騒の中で精神性の高い生活をするための工夫に思いを馳せながら設計を進めました。
外観は深い軒が重なる折り目正しい佇まいとしました。これは建築主ご夫妻の人柄、印象を織り込み、形にしたものです。陰翳を深くし、控えめでさり気ない構成の中に古の思いを込めることで、住まう人、訪れる人々の心が静まるものとなればと考えました。
内部は空間に“膨らみ”を持たせるため勾配天井とし、茶室の突上げ窓を模してトップライトを設けました。リビングを中心に流動的に繋がるプランニングで、大引戸による可変性の高い設えとしました。天井の高い「広間」=リビングと天井の低い「水屋」=キッチンとの関係、雁行させて繋げた「小間」=書斎が広がりと抑揚を生み、さらに身体寸法を大切に設計したことで、馴染みよく味わいのある空間となりました。
高層ビルに囲まれた大都会の中心で、如何にすれば豊かな住空間を構築できるかが大きな課題でした。この様な特殊な環境でどのように生活するか、先人たちが育んだ思想に思いを重ねることで数々の問題を解決することが出来ました。“庵”と呼ぶに相応しい小さな佇まいですが、茶室のような深みと膨らみのある住まいとなりました。