この計画は、建築主であるご夫婦が、既存敷地の裏側に隣接する土地を買い足されたことをきっかけに始まりました。
もともと建っていた住まいは、当時「新進気鋭」と称された建築家による、強いコンセプトをもつ住宅で、中古住宅として購入された後、大きな改築を施すことなく住み継がれてきたものでした。
その住まいは、中央の吹抜と階段室を核に、すべてがスキップフロアで構成された明快な空間構成をもつ一方で、キッチンとダイニングでさえ階段を介して行き来するなど、日々の暮らしに寄り添うという点では、多くの無理を抱えたものでした。また、その構成は一つの考え方として完結していたため、裏の土地への増築によって問題を解消することは難しく、ご要望を実現するには、建替え以外に選択肢はありませんでした。
現在の家族構成は、60代のご夫婦とその娘さんです。打合せを重ねる中で、「空間としては面白いが、住みづらく、無駄も多い。これから迎える老後や、将来的に想定される高齢のご両親との同居を考えると、建替えるしかない」という結論に至り、本計画のご依頼を頂きました。
敷地は角地から一区画入った位置にあり、裏の土地を買い足したことで、敷地形状はL字型という特徴的な形となりました。西側は二車線で交通量の多い表通りに面し、一方、南側の裏通りは人通りの少ない静かな通りです。性格の異なる二つの通りに対し、どのような建築的応答を与えるかが、本計画における大きな課題の一つでした。
必要な諸室は、接道レベルに二台並列のガレージ、1階に独立した厨房、リビング・ダイニング、ご両親同居用の寝室とそれに連続する茶の間としての和室、水廻り、2階には主寝室と書斎、娘さんの個室、ピアノコーナーなどです。また、愛犬・愛猫への負担を最小限に抑えるため、既存住宅に住みながら裏の敷地に新築し、移り住んだ後に既存建物を解体、その跡地に増築するという、二期に分けた計画とすることが条件でした。
構造は鉄筋コンクリート造とし、外断熱を採用しています。外壁は特注の割肌タイル貼り、鉄骨とガラスによる大庇、アイアンワークによる手摺や門扉を組み合わせました。内装は、ご要望にあった天井高さ2700mmを確保し、壁は漆喰仕上げで統一しています。和室は京間とし、本格的な設えとしました。
ファブリックはすべてウィリアム・モリスのテキスタイルを採用しています。メインのリビング・ダイニングのカーテンには、生成りの絹地に「いちご泥棒」の柄を刺繍したものを用い、このカーテンは一品生産品としてイギリスのモリス工房に注文しました。
プランニングは、一期工事・二期工事それぞれが完結することを前提に進めました。幅を必要とするガレージは二車線道路側に、落ち着いた和室と和庭は静かな通り側に配置しています。特に検討を重ねたのが玄関の位置ですが、最終的にはガラスの大庇が掛かるテラスをアプローチと兼ね、その奥に玄関を設けることで解決しました。
玄関を入ると、二層吹抜のホールが広がります。天井から吊り下げられたルイス・ポールセンのペンダント照明「アーティチョーク」が、この空間の象徴となっています。ホールを介して各室へ、階段を介して2階へとつながる、シンプルで機能的な構成としました。床にはアメリカンチェリーを採用し、その深みのある色合いと漆喰壁との対比が、空間に落ち着きを与えています。さらに各室には、表情豊かなモリスのファブリックが彩りを添えています。
エクステリアは、メインアプローチとガレージを二車線道路側に、和室棟と和庭を静かな通り側に配置することで、それぞれの通りにふさわしい表情を与えました。一つの敷地でありながら、異なる造形性をもつ外観構成としています。二車線道路側は、レンガタイル貼りのマッスを重ねた彫刻的な構成とし、そこにアイアンの繊細でシャープな線を対比させました。静かな通り側には、露地門を設え、生垣と和庭を介して、むくり付きの燻し一文字瓦葺による数寄屋の佇まいを与えています。
外壁タイルは、ご夫妻が海外旅行で目にされた古城のレンガと同じ風合いを求められました。そのため、小ロットで製作可能な工場探しから始め、常滑の隣、半田の工場に辿り着きました。試作を重ねた末、ようやく納得のいくタイルが完成しています。
和室の造作は、木場の材木店に足を運び、設えにふさわしい木材を吟味するところから始まりました。現場ではベテランの大工と協議を重ね、ほぼ付きっ切りの状態で、丁寧に造り込んでいきました。床柱は京都北山杉の面皮柱、地板は脂松、落掛は木目の美しい吉野杉、天井は中杢板の竿縁天井としています。床脇の襖の縁は溜漆、唐紙は唐長に依頼し、紙は利休鼠、柄は笹蔓をキラ(雲母)なしの墨入りで摺ってもらいました。近郊ではこの唐紙を扱える職人が見つからず、郊外在住の名人と呼ばれる経師屋に持ち込み、張ってもらいました。
この住まいは、すべてを合理化し、均質化していく今日的な住宅の流れとは距離を置き、職人の手仕事や素材の個性、装飾の力を、あらためて住まいの中に取り戻そうとした試みです。それは、アーツ・アンド・クラフツの精神を、現代の暮らしへと静かに引き寄せた、一つのかたちとも言えるでしょう。

















