敷地・周辺環境
計画地は、東京郊外の青梅に至る街道筋に位置しています。多摩川の土手林や崖林が残る、緑豊かな環境です。周辺には旧家やその屋敷林が点在し、今もなお、のどかな武蔵野の風景を感じることができます。一方で、街道や鉄道など交通網の整備が進み、利便性が向上したことで、近年は宅地化も進んでいる地域です。
敷地は奥多摩街道と五日市街道が交わる交差点に面しています。奥多摩街道沿いには、今回新築した平屋の診療棟を配置し、敷地の奥には既存住宅を改修した別棟の病児保育所を設けました。
建築主の要望
この建物は、長年この地域の公立病院で医療に携わってきた女性医師による、独立開業のためのクリニックです。医療を通して地域に貢献したいという強い思いを持たれており、その姿勢や人柄が、この建築にも十分に反映されるべきだと考えました。
外観については、大正時代から昭和初期にかけて見られた、洒落たクラシカルな装いを基調とし、かつて街の医院がそうであったように、落ち着きと親しみやすさが感じられる佇まいが求められました。
内装についても外観と同様に、どこか懐かしく、心が落ち着く雰囲気にしたいというご要望がありました。待合には無垢材を用い、木の温もりを感じられる空間としています。
プランニング
少人数での運営を前提としているため、診察、治療、事務処理をいかに効率よく行えるか、そして患者の安全性をいかに確保するかが大きなテーマでした。受付からカルテ庫、診察室、処置室へと続く一連の作業が、最も機能的に行えるレイアウトを検討しています。また、受付カウンターから職員が常に患者の様子に目を配れるよう、デザイン面でも工夫を重ねました。
疾患の内容や患者の状態、その心理、付き添うご家族への配慮など、さまざまな状況を想定しながら、各室の配置や医療機器のレイアウト、動線計画を丁寧に検討し、最終的なプランをまとめています。
建築計画
敷地の中央、計画建物の南側には、昭和28年に指定を受けた位置指定道路があります。この道路は交差点から斜め奥へと伸びており、建築可能な範囲は奥多摩街道側で広く、奥へ進むにつれて大きく狭まるという、厳しい制約条件を抱えていました。
本計画では、この制約を単なる不利な条件として捉えるのではなく、敷地の個性として生かすことを考えました。人が集まる受付・待合スペースを広く確保し、水廻りを西側奥に配置、診療エリアを中央から北側にまとめることで、患者の移動を最小限に抑えています。看護師や職員についても、最短の動線で診療や作業が行える計画としました。受付は待合にせり出す形とし、職員の目が行き届く設えとしています。
患者にとって優しい空間であること。その裏側で、徹底した機能性の追求を行い、快適で安全な建築となるよう心掛けました。
インテリアと患者への思い
エントランスから屋内導入部にかけての壁面には、クローバーを抽象化したパターンのモザイクタイルを採用しています。「クローバー=幸福=元気になってほしい」という思いを込めたものです。正面の壁はブロンズ色のガラスブロックによる光壁とし、柔らかな光が患者やご家族を院内へと導くよう設えました。
待合の腰壁にはタモ材の縁甲板をあしらい、その上部には、19世紀イギリスのアーツ&クラフツ運動で知られるウィリアム・モリスのデザインクロスを採用しています。無垢材の温もりと、気品ある意匠が相まって、どこか懐かしく心地よい雰囲気を生み出しています。
待合のオリジナルベンチは、原寸図から型を起こし、座り心地を確かめながら職人の手仕事で製作しました。建物や家具の角を丁寧に丸めることは、主な患者である幼児が怪我をしないための配慮であると同時に、視覚的にも空間全体が優しく語り掛けるような印象を与えています。
街並とエクステリア
待合空間をゆったりと確保するため、外壁側に構造耐力壁を集約して配置しました。これにより、ゴシック建築のバットレスのような視覚的効果が生まれています。耐力壁は寄棟の大屋根を貫くように雁行しながら壁面を分節し、建物全体のボリュームを抑え、親しみやすいスケール感をつくり出しています。
それらの壁に取り合う深い軒や装飾的な窓廻りが陰翳を生み、柔らかな表情を持つ吹付仕上げ、日本の伝統色である呉須の釉薬を用いた陶板タイルと相まって、現在ではあまり見られない、中世建築を思わせる趣のある佇まいとなりました。
エントランスには繊細な放物線ヴォールトを施し、女性医師ならではの優しさや細やかさを表現しています。訪れる人々に、医師の人柄や医療への思いが自然と伝わり、この地にふさわしい街角のランドマークとなることを願っています。
複合的な医療施設による地域貢献
この計画には、さまざまな方々の思いや情熱が重なっています。建築主のご家族は代々続く旧家であり、この地への深い愛着と、強い地域貢献への意欲をお持ちでした。デザインに対する深い理解と高い知性に支えられ、この建築は実現しています。
また、西多摩地域にはこれまで、小児科併設型の病児保育所がありませんでした。福生市をはじめ、地域から強く望まれていた機能でもあります。本計画では、敷地内にあった既存住宅を改修し病児保育施設とすることで、クリニックと一体となった複合的な幼児医療施設を整え、地域医療を担う使命を持って開業しました。

















