板橋宿の家

  1. 設計実績
  2. 住宅
  3. 板橋宿の家

敷地と住環境

敷地は板橋区の市街地、旧中山道から少し入った場所にあり、四方の境界のうち三面が道路に面する区画端部に位置しています。細い路地に井戸が残る昭和の情緒漂う街区である一方、周囲はすべて細街路という密集市街地でもあり、境界後退義務、道路斜線、二箇所の角切りなど、法的・形態的に厳しい条件を抱えていました。加えて、敷地内には約350mmの高低差があり、これを建物本体で解消する必要がありました。

建築主はご夫婦と幼いお子様の三人家族。以前は同じ板橋区内のマンションにお住まいでしたが、規格化された間取りによる空間的魅力の乏しさ、ライフスタイルに合わない使い勝手、通風・採光・断熱といった住環境面での不満を感じられ、戸建て住宅の建設を決断されました。

御要望について

ご要望は、敷地条件による厳しい制約を前提としたうえで、可能な限り高い性能と機能性、そして豊かな空間性を備えた住まいとすることでした。用意された要望書は非常に具体的かつ密度が高く、現在から老後までを見据えたライフプランが丁寧に描かれていました。

生活に必要な機能に加え、将来を見据えた可変性や柔軟性、プライバシーへの配慮、それらを前提とした耐震等級3、高断熱性能など、長期優良住宅としての性能も明確に求められていました。

ご夫婦は多くの趣味を持ち、いずれにも真剣に向き合われる文化的な感性をお持ちでした。建築への造詣も深く、なかでも村野藤吾の作風を好まれており、私が村野・森建築事務所出身であったことも、設計者として選んでいただいた理由の一つでした。

計画の読み解きと模索

計画は、詳細に書き込まれた要望を深く読み解くことから始まりました。各要望には実生活に根差した明確な理由があり、それらが複雑に関係し合っていたため、どれ一つとして軽視できるものはありませんでした。部屋同士の関係性や大きさ、設えまで具体的に示されており、これらを無理なく成立させることは容易ではないことが当初から予測されました。さらに、プランニング全体に関わる風水への配慮も求められていました。

検討を進める中で、道路斜線の制約により、理想とされる三階建てのプランは、天空率の検討を抜きには成立しないことが判明しました。また、四方を細街路に囲まれた敷地で、どのように工事を行うかという施工上の課題も同時に考える必要がありました。資材搬入、建て方時のレッカー配置、ストックヤードの確保などを含め、実現可能性を丁寧にシミュレーションしながら作案を重ねました。

外形、階高、プランニングを検討する中で、最も重要なテーマとなったのが階段の位置とあり方でした。安全性や使い勝手はもちろん、三階建てという構成上、日常的な上り下りが負担にならないことが、住まい全体の質を左右します。単に階段を納めるのではなく、この住まいに相応しい階段とは何かを根本から考えることになりました。

検討を重ねるうち、階段を他の空間に影響しない位置に押し込むのではなく、空間そのものを立体的に巻き込む存在として捉え直す発想に至りました。個の空間が階段を通して全体に響き、全体がまた個の空間へと還っていく。そのような関係性を持つ住まいを目指し、最終的にL型配置の階段に辿り着きました。玄関から廊下を進み、右へと巻き込まれるように階段へ導かれ、二階のLDKを内包しながら三階へと続く立体的な流れが、この住まいの骨格として形づくられていきました。

京町家に学ぶ

密集した環境の中で豊かに暮らすための知恵として、京町家の構成は常に参考にしています。今回特に着目したのが「通り庭」の空間です。通路でありながら室としての性格を持ち、内部でありながら外部の気配を感じさせる通り庭は、空間全体を束ねる中核的な存在です。

廊下や縁へと連なり、各室や坪庭を巻き込みながら奥へと続く構成が生み出す濃密な空気感、影と光が交錯する奥行きは、単なる機能や広さでは得られない豊かさをもたらします。この住まいでは、その通り庭の考え方を立体的に展開することで、町家空間の現代的な再構築を試みました。

立体町屋としての住まい

玄関から始まる廊下は、町家の通り庭を思わせる変化に富んだ設えとしました。広がりと絞り、衽(おくみ)形の飾り棚や斜めの壁を用い、歩く速度に緩急を与えながら、右回りの階段へと展開していきます。その過程で必要な諸室を無理なく繋ぎ、楽しく、かつ機能的な動線空間を実現しました。

二階は厨房を中心に据えた構成とし、階段、廊下、パントリー、リビング、ダイニング、和室のすべてに最短距離でアクセスできる一方、必要に応じて緩やかに区切ることもできるプランニングとしています。リビングと和室も、繋がりながら仕切ることができ、連続性の中に変化と広がりを備えた、豊かな住空間が生まれました。

設えと素材

ご夫妻は和の趣を好まれ、白木や和紙、土壁、石材など素材への強いこだわりをお持ちでした。二階の和室は、奥様がお茶を嗜まれることから、構造や耐火上の制約により炉を切ることはできませんでしたが、書院付き一間床、塗り框、龍鬢表の薄縁、細工欄間、京唐紙など、ご要望に挙げられた要素をすべて盛り込み、書院茶室としてまとめ上げました。

また、ご主人が地質学を専攻され国産石材に造詣が深いことから、玄関とポーチには諏訪鉄平石、一階和室土間には岡山の万成石を採用しました。数寄屋や様式建築にも用いられる石材を要所に配することで、住まい全体に品格と落ち着き、潤いのある密度がもたらされています。

終わりに

プレゼンテーションの際、ご感想を伺うと「案の出来栄えに言葉が出ない」と仰っていただきました。その言葉は今も心に残っています。

検討を重ねて辿り着いたプランを立体化し、天空率の解析へと進みました。数センチ単位で建物位置を調整し、納まりを工夫しながら軒高を下げるなど、解析と修正を繰り返し、ようやく実現案に至りました。

階段を中心に空間全体を巻き込むという構成は、ご家族と住まいの親密さをより深めたいという思いから生まれたものです。日々の移動という体験を通して、空間がいつしか身体感覚に馴染み、住まいが暮らしの一部となっていくことを願っています。この板橋宿の家が、これからのご家族の時間に寄り添い、成長を見守りながら、かけがえのない歳月を重ねていく場となることを心より願っています。

お客様の声

板橋宿の家のご依頼主のレビュー

自宅の家づくりでお世話になりました。都内の29坪ほどの土地に木造3階建ての和モダンの家を設計していただきました。 土地探しのころからホームページを拝見し、雰囲気が気に入り、土地が決まった段階で建築相談させていただいたこと […]

設計区分

地域

設計・

デザイン

竣工年数

PAGE TOP