梅郷の家

敷地と建築主

敷地は青梅市、多摩川沿いの吉野街道から少し入った山裾にあります。
山桜の老木と、江戸時代から建っていたと伝えられる、築三百年を超える茅葺の民家が残されていました。

前家主である陶芸家が亡くなってから十年以上手が入れられておらず、建物は雑草に覆われ、屋根は朽ち、茅には苔や草が生い茂る荒れた状態でした。しかし同時に、この場所が長い時間を静かに受け止めてきたことも感じさせる佇まいでした。

建築主は、漆芸家のご主人と日本画家の奥様、そして幼いお子さんの三人家族です。
伝統美を大切にするお二人は、自身の創作活動と生活が自然に重なる環境を求め、この静かな山間の地に庵を結ぶことを決意されました。

理想の住まい

住まいに求められた要点は三つありました。
一つ目は、築三百年を超える既存民家の柱や梁を、可能な限り生かすこと。
二つ目は、日本家屋に見られる「表・奥・裏」という秩序ある構成を持つこと。
三つ目は、住まいそのものが高い精神性を宿す場であることでした。

表は客を迎える応接兼ギャラリー、奥は創作のための工房と画室、裏は家族の生活空間。
それぞれが独立しながら緩やかにつながり、行き来することで生まれる連続性や空間性、さらに古材が内包する時間の重なりによって、視覚にとどまらない奥行きが求められました。

古材を残すということ

まず既存建物の状態を把握するため、施工者と共に細部に至るまで調査を行いました。
山側の部屋や縁側、下屋は腐食が進み再利用が叶いませんでしたが、囲炉裏の切られた土間の広間は、柱や小屋組みの状態が良く、再利用できることが確認できました。

二百年、三百年という長い歳月の中で、人々の暮らしを支えてきた柱や梁です。
それらを前にすると、かつてこの家で営まれていた生活や時間の積層が感じられ、尊いものを託されているという意識が自然と芽生えました。

思索を重ねた末、この小屋組みには極力手を加えず、なるべくそのまま残し、新しい空間で包み込む形で継承するという判断に至りました。
柱と梁を壁や天井から切り離し、独立した存在とすることで、場としての力をより際立たせています。

日本では、四方に柱を立てたその内側は神聖な「場」になるという考えがあります。
この小屋組みが、芸術家であるお二人の創作と生活を静かに支える依り代のような存在になればと考えました。。

配置と空間構成

住まいの中央に、古材の小屋組みが立つ応接ギャラリーを配置し、東にアトリエ、西に生活空間を設けました。
生活と仕事を行き来する際には、必ずこの空間を通る構成としています。

この干渉空間があることで、棟続きでありながら心の切り替えがしやすくなり、「表・奥・裏」という折り目のある住まいが、より明確な形で立ち上がります。

「表」となる応接ギャラリーの玄関は、柱や小屋組みと同じく、かつてと同じ位置に設けました。
中に入ると、煤で黒ずんだ柱とうねる梁が迎えます。框や床は建築主自らが拭漆で仕上げ、古寺の堂内を思わせる静かな緊張感を持つ空間としています。
北側正面には、小堀遠州作孤篷庵忘筌写しの地窓と苔の坪庭を設け、光を抑えた茶室のような設えとしました。

「奥」となるアトリエは接道側の東に配置し、画室と工房から成ります。
画室は南からの自然光を取り込み、作品収納が外部に張り出した構成とし、内に収まりきらない思いが外観に表れる形としました。
工房は漆蒔絵の細密な作業に配慮し、人工照明を主とした北側に配置しています。

「裏」となる生活空間は山側に大きく開き、仕事から解放される場として、余白と奥行きを感じられる設えとしています。
これから時間をかけて育てていく庭と、その先に広がる竹林を望み、日常の中で自然と心がほどけるよう計画しました。

外観の表現

外観は、住まい手の人柄が静かに表れるものであるべきだと考えています。
道路側にはアトリエ棟を配し、急勾配の切妻屋根と深い軒によって、ものづくりの場らしい緊張感を持たせました。
軒下では、開口や面、陰翳を丁寧に重ね、制作に向き合うお二人の姿と重なるよう意図しています。

一方、山側の生活棟は低く控えめな佇まいとし、線や面を分節することで、自然に溶け込む構成としました。
外壁の色は敷地の土に近い色とし、里山の風景に静かに馴染むことを願っています。

実現に際して

古民家の小屋組み解体と再構築を伴う計画であったため、古民家や社寺建築に精通した施工者と、計画当初から相談を重ねました。
柱や梁を一本ずつ確認し、補修を行いながら、再生しました。

仕上げでは、応接ギャラリーの床や框、居間の床、欅の飾り棚を建築主自らが漆で仕上げました。
多くの職人がそれぞれの職能を尽くし、手仕事を積み重ねて完成した、現在では稀有な住まいとなっています。

お客様の声

梅郷の庵のご依頼主のレビュー

既に購入していた築300年の古民家の部材を使って、和モダンな家を設計してくれる人を探していたところ、インターネット検索で矩須雅建築研究所に出会いました。 もっとも、建築家の理念に感銘を受けての依頼だったのですが、こちらの […]

設計区分

地域

設計・

デザイン

竣工年数

PAGE TOP